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天鳥船の甲板から

ゆつ

今日は、ブログ名の天鳥船amenotorifuneについての余談です・・・。

天鳥船なんて、タロットのブログにしては変わったネーミング、と思われた方もいるのではないでしょうか?
理由は2つあるのですが、そのうちの1つは、タロットから来ています。


*タロット・デッキって何?

タロット・デッキって、聞いたことありますか?
実は、タロット・カードの1組、カード全体のことをデッキ(deck)と言います。

私は初めてこの言葉を聞いたとき、どうしてデッキなんて言うんだろう?と思いました。
そしてタロット・デッキと聞いたときに、私の頭に浮かんだのは、船のデッキの方、つまり甲板でした・・・。


ところで、カモワン・タロットの原型は、マルセイユ・タロットと言われるもので、16世紀から18世紀頃のヨーロッパで、大量生産されていたカードの絵柄の総称、またはその絵柄を踏襲したタロットカードの名称なのだそうです。

マルセイユ、と言えばフランス南部、地中海に面した都市の名前。首都パリに次いで2番目の人口を誇る大都市で、貿易・商業・工業の一大中心地でもあり、フランスおよび地中海で最大、ヨーロッパでは第3位の玄関港を有する、歴史の古い国際的商業都市です。

(ちなみに、飛行機が今のように飛んでいない時代、日本人がフランスへ船で行って降り立った場所も、このマルセイユの港だったそうです。)

その都市の名を冠したマルセイユ・タロット・・・。
タロットとマルセイユは、その歴史と地理的な関係で、深いものがあったのです。


*タロットの歴史

ちょっと脱線して、タロットの歴史をざっと。興味のある方はどうぞ。

タロットカードの歴史のルーツを遡ると15世紀のイタリアへと辿ることができるのだそうです。
当時プレイングカードとして主にカードゲームなどに使われていたものが、そのままヨーロッパ各地へと伝わり、後に「何らかの要因」によって占い等の神秘的・秘教的意味合いを持つものとなっていったと見られているのだとか。

16世紀頃、マルセイユをはじめとする地中海沿岸の都市は、さまざまな情報の行き交う港町として発展していて、アジア・アフリカなど他国の文化をいち早く吸収できる環境にありました。その為、木版印刷・銅版印刷に関わる技術について、他の地方に比べ高いものを誇っていたのだそうです。なので、あちこちでタロットが製造されました。

17世紀に入ると、ヨーロッパでタロットと称するカードの大部分はマルセイユで制作される程、一大地場産業に成長し、フランスの重要な輸出品目になっていました。そのため、タロットと言えば、事実上ほとんどマルセイユ・タロットだったのだそうです。

そして18世紀、ニコラ・コンヴェルという人が、マルセイユの持つカード制作技術の上に、タロットの象徴体系をまとめ上げた、現在のマルセイユ・タロットを完成させました。当時は錬金術の象徴体系が衰退にさしかかった時で、その為マルセイユ・タロットには、錬金術のシンボルが沢山入っているのだそうです。

その後、現在までタロットは作り上げられてきたものの、1880年の産業革命の時、今まで機械での線画印刷と手作業の色塗りで作られていた美しいタロットは、機械印刷のみで作られるようになりました。でもこの頃の機械印刷はまだまだ技術が未熟だったため、タロットの絵柄は、色もデザインも簡略化されてしまいました。それが、現在目にすることが出来るマルセイユ・タロットの姿なのです。

ところが現代になって、昔タロットを完成させたニコラ・コンヴェルの末裔のフィリップ・カモワンという人が、映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーと研究を重ねた末、元のマルセイユ・タロットを復元しました。それが、カモワン・タロット、と言うわけです。


*マルセイユの港とタロット・デッキ

話は戻りまして、「港町・マルセイユのタロット」と「タロット・デッキ」と言ったら・・・
・・・私の脳裏に浮かぶ妄想は、朝もやの 港に碇 下ろしつつ 札の声聴く 船の甲板 詠人 ゆつ
というような感じ。(^^; アホですね

港は、人も物も文化も思想も、いろんなものが交差し、出会い、またそれぞれの道へ旅立っていくところ・・・。

このタロット・ブログもそんな風に、タロットの声を聴きにやってきたお客様、という船が入港してきた時、
 ちょっと上がってカード達とゆっくりおしゃべりしてもらう、碇泊船の甲板みたいなものになるといいな、
と思いました。

それが、ブログ名の由来、その1です。


*天鳥船って何?

天鳥船(あめのとりふね)というのは、鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)の別名で、日本神話に登場する神であり、
また、神が乗る船の名前だということです。

船にかこつけているんだろうけれど、何で神様の名をブログ名に?と思われたことでしょう。

これは個人的な興味で少しずつ読んでいる、古事記を実際の歴史として読み解いているブログの記事に描かれていた話が、元になっています。

     卑弥呼や古事記の謎解きと株の話を同時に書かれている三島明さんのブログはこちら

         ちなみに、私は株のことはさっぱりなので、歴史の部分だけ読ませてもらっています。
         膨大すぎてまだ全然読み切れていませんが、歴史と神様がとても新鮮に見えてきて面白いですよ!


*三島明氏による宇摩説の「天鳥船」

天鳥船について書かれたことをまとめてみると、こんな感じです。

天鳥船、鳥石楠船」は、国々の声と高天原の命令などを伝えるため行き来した連絡係専用の船であり、「鳥(取り・トリ)」と呼ばれた人が、連絡係だった。(高天原があった場所だと三島氏が研究する愛媛県(旧)宇摩郡には「トリは高天原に報告に帰る」との伝承がある。)

各地で連絡が必要な時に、「鳥」を探す目処として、「鳥居」が有った。(つまり神社の原型は高天原からの使いの出張所のようなもの。)最初は、連絡係の「鳥」の家の屋根に、「鳥の彫刻」を乗せていた。


これを読んで、タロット・カード22柱(?)の言葉を皆様に伝える連絡係になりたい、という決意を込めて、
ブログ名を「天鳥船」にしようと思い立ったわけです。

これが、ブログ名の由来、その2です。


*まとめ

というわけで、タロットと皆様の間をトリ持つ為の場として、ブログをがんばっていきたいと思います。
そしてもちろん、「タロットの声を聴かせて欲しい」と呼んで下さったときは、皆様の元へ馳せ参じます。

まだ皆様の目に触れて間もない「天鳥船amenotorifune」ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします☆
Posted byゆつ

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